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整えようとするほど、体は不自由になっていく

  • 執筆者の写真: 大橋しん
    大橋しん
  • 1月24日
  • 読了時間: 3分

更新日:2 日前


※この記事は「体の使い方シリーズ」の一部です。


姿勢を正す。力を抜く。左右をそろえる。バランスを保つ。


体のためによかれと思って行っているこれらの行為は、本当に体を自由にしているのでしょうか。


臨床の現場で多くの方の体に触れていると、「整えよう」とする意識が強い人ほど、動きが小さくなり、感覚が鈍くなっているケースをよく見かけます。


決して間違った努力をしているわけではありません。むしろ真面目で、体と向き合おうとしている方ほど、この傾向が強くなります。


問題は、体を「管理しよう」「コントロールしよう」とする発想そのものにあります。



体は本来、操作されるものではない


私たちは無意識のうちに、体を機械のように扱ってしまいます。


背筋を伸ばす。腹筋を締める。肩を下げる。骨盤を立てる。


こうした指示は一見わかりやすく、安心感があります。


しかし実際には、体はパーツの集合体ではなく、常に全体で環境とやり取りをしながら変化し続けています。


一部分だけを操作しようとすると、他の部分とのつながりが分断され、結果として動きの自由度が下がります。


「整えているつもり」が、体の可能性を狭めてしまうのです。



動きの中で体は、自分で組み替わっていく


体は、本来とても賢いシステムです。


立ち方が変われば、呼吸が変わり、視線が変わり、筋肉の張り方も自然に変わります。


歩き方が変われば、重さの受け止め方が変わり、全身のつながりが更新されます。


つまり体は、誰かに細かく指示されなくても、動きの中で自分自身を組み替えていく力を持っています。


必要なのは、正しい形を作ることではなく、体がその働きを発揮できる「余白」を残すことです。


(形より動いているかどうかを指標にした姿勢の著作はリニューアルされました)



コントロールを手放すと、流れが戻ってくる


体を操作しようとする意識が強いほど、動きの中にブレーキが生まれます。


反対に、「こうしなければならない」という制御を少し手放すと、体の中に流れが戻ってきます。


重さがどこへ抜けていくのか。呼吸がどこまで広がるのか。動きがどこへつながっていくのか。


それらを感じ取れるようになると、体は自然と無理の少ない使われ方へ移行していきます。


これはトレーニングではなく、「感覚の再学習」に近いものです。



整えるより、委ねる


体は、整えればよくなる存在ではありません。


むしろ、過剰な管理を手放したときに、本来のしなやかさを取り戻していきます。


姿勢を作るより、動きに任せる。力を抜くより、流れを邪魔しない。


安定させるより、つながりを感じる。


体との付き合い方を少し変えるだけで、動きの質も、疲れ方も、回復のしかたも、静かに変わっていきます。


また、「自分の体ではどう起きているのか」を実際に体感したい方は、個別セッションも行っています。



このブログでは、痛みや疲れを「体の使い方」という視点から解説しています。


体の使い方シリーズはこちら






 ▶ 第5回:この記事






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